はじめに
あなたは、ねむいですか?
私はねむいです。いつでもねむいです。好きな人とデートをしているときも、好きな映画を見ているときも、大学で勉強をしているときも、食事をしているときも、友だちとおしゃべりしているときも、大事な会議のときも、朝日が昇るときも、星が瞬くときも、桜が散るときも、この文章を書いているときも。ねむっているときでさえ、ねむいです。
あなたも私と同様、ねむい人かもしれません。または、あまりねむくない人かもしれません。それでも人はみんなねむります。ねむる前には、ねむくなります。みんなねむくなるのです。
ねむい人はあくびばかりしています。今にもねむりに落ちちゃいそう。うとうとして、あなたの話をろくに聞いてはくれません。もう夢の入り口まで来ているのです。むにゃむにゃ。ねむい人はねむりたいと思っています。
一緒に遊ぶ予定の相手が寝坊して約束の時間に遅れてやってきたら、その相手が1日中ねむたい顔をしていたら、あなたは怒るかもしれません。でも、怒る前に一度考えてほしいのです。あなたもねむくなるということを。あなたはねむくなります。目の前の人だってねむくなります。「ねむい」には誰もが抗うことができません。みんなねむくなるのです。
☆ ☆ ☆
みんなねむくなる。けんかせずなかよしになれ。
という言葉をもとに『ねむよし』は作られました。エッセイや小説、詩などを掲載するつもりです。ねむい日に読んでいただけたら幸いです。そしてなかよしになれたらとてもうれしいです。どうぞよろしくお願いします。
2019年7月 清水優輝